女子人気急上昇中の箱根駅伝! 今年も注目選手が目白押しのなか、過去に箱根を沸かせた選手たちは今どうしてる? 涙のリタイアを経験した、ビッグマウスのあの選手、『ガルパン』好きが話題となり、アニメファンから熱い声援を受けたあの選手の、意外な“今”に迫る!

(左)徳本一善さん(右)稲田翔威さん

法政大学OB徳本一善さん、途中棄権から15年「もう1回走りたい」

 駅伝ファンなら忘れようがない。当時の学生は、誰もが黒髪でどこか素朴。そんな中で、ほぼオレンジ色の明るい茶髪にサングラス姿で箱根を駆け抜けた徳本一善さん(’99 ~’02年・法政大、現・駿河台大学駅伝部監督)はあまりに斬新だった。自信満々のビッグマウスに眉をひそめる大人も多かった。しかし、バッシングなどどこ吹く風。走れば誰よりも速かった。

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「何が起きているのかわからなかった。自分は走っているのに、どんどん遅れていく。スローモーションみたいでしたね」

 ’02年、エースが集う2区。4年の徳本さんのふくらはぎは肉離れを起こした。監督の制止を振り払い、フラフラと蛇行しながら前に進むも、涙のリタイア。

「止められて、病院に行って、初めてわれに返ったというか。終わったんだな、と。現実を受け止められなかったです」

 高校時代から全国に名を馳せ13大学、4実業団から勧誘が。選んだのは箱根の予選会常連校だった法政大。

「どこに行っても自分は絶対強くなれる。好きにできるなら、どこでもよかった。法政大は本当に自由で、合ってましたね」

 箱根駅伝にはまったく興味がなかったという。

「僕は中距離の選手でしたから。監督に頭を下げられ、なかば無理やり(笑)

 1年は1区で区間10位。こんなに華やかな陸上の大会があるのか。強烈なインパクトだったという。次は絶対トップを取ると心に誓うも、駅伝は1人が速くても勝てない。

「僕は協調性がありませんし、思い描くビジョンもチームメートとは明らかに違っていた。周りにイライラしたし、衝突も多かった。だいぶ浮いてましたね

 同時にスポーツ選手の価値は、見た人の感じ方で決まると考えていた。

「その価値を作り出すひとつとして、周りがやってないことをやる」

 派手な格好は計算されたもの。2年は1区で区間賞。2学年上の坪田智夫さん(現・法政大監督)と“オレンジ旋風”を巻き起こす。3年でチームは総合4位に。優勝を狙える位置まで来た。しかし……。

「できることなら、もう1回走りたい。結果がどうであれ、ベストな状態であの場に立ちたい。今でも後悔はあるけど、その後悔が経験になっているので」

 卒業後は日清食品グループで活躍。アテネ五輪(’04年)には0.8秒届かなかった(5000m)。そして、ほぼ無名の駿河台大からオファーが届いた。

実は3回断ったんですよ。もうね、お粗末で漫画みたいなレベルでしたよ(笑)。脳科学や心理学など、いろいろと勉強しながらやってます。何より、人間が成長する過程は興味深いですね」

 監督となって6年。今回の予選会は23位だった。

「学生には“俺は(箱根駅伝を)4回経験してるし、結果が出なくてクビになっても別にかまわない”と言っています。そして、“俺が箱根に連れていくんじゃないからな。おまえたちが俺を連れていくんだよ”とも(笑)」

予選会で力走する徳本さん(右)。茶髪にサングラスがまぶしいほど目立っていた

〈profile〉
駿河台大駅伝部監督。’79年6月22日生まれ。広島県出身。法政大で箱根駅伝に4度出場。順天堂大学大学院卒業。日清食品グループ、モンテローザを経て、’12年より現職。既婚。中学生の娘と小学生の息子がいる。