3月7日に行われた会見で、息子の死を気丈に話す北島。時折、声を震わせ目には涙が

「大事な、大好きなかわいい自分のわが子を……。先に旅立ってしまったという、そんなつらさがあります……」

 明るくて豪快な、いつものオヤジの姿ではない。3月7日、次男の大野誠さんが急死したことを受けて開かれた記者会見で、北島三郎は涙を流しながら声を振り絞った。

「大野さんは'88年に『1st Blood』というロックバンドのボーカルとしてデビュー。バンド解散後は音楽プロデューサーとしてNHKアニメ『おじゃる丸』の主題歌や、北島さんが出演する舞台の曲などを手がけていました」(スポーツ紙記者)

 2月下旬にデュエット曲の制作依頼を受け、曲作りに取りかかっていた。大野さんはひとり暮らし。自宅の作業場にこもって仕事に集中していたので、周囲は異変に気づくのが遅れたらしい。北島が所属する事務所の社長で、誠さんの兄でもある大野竜氏は、会見の前に状況を説明した。

制作活動中は連絡しても2、3日返事がないことはザラでした。仕事中は没頭してしまうタイプなんです。今回はあまりにも長く無反応だったため、3月3日に警察と一緒に安否確認に立ち入り、亡くなっているところを発見しました。死因は心不全でした

北島と大野さんのエピソード

 ジャンルは違っても、同じ音楽に携わる道を選んだ息子を北島は応援していた。

「デビュー当時、大野さんは“オヤジを超え、世界に通用するアーティストが目標。オヤジというでかい山を越えたい”と語っていました。

 実際、北島さんも驚くようなメロディーを作っていましたよ。オルタナティブ・ロックというマニアックな音楽なので、“時代が俺に追いついてない”と悔しがっていましたね」(音楽ライター)

 会見でも、北島は大野さんのことを「よきパートナーだった」と話した。