写真家・石内都のコメントが意味するもの

 で、NHKの番組『写真家 荒木経惟 77歳の切実』に戻る。妻を失い、写真家として要の視力を失い、がんと闘っている77歳の彼の切実はわかる。わかるけど、その陰に泣いて悩んで苦しんでいる女がいたという事実は見過ごせない。アラーキーを崇拝していた満島ひかりの株は、私の中ではちょっと下がってしまった。

 ただし、番組内で登場した写真家の石内都のコメントで何か腑(ふ)に落ちた気がする。彼女はアラーキーの妻・陽子さんと懇意だった女性写真家だ。要約すると、以下のような内容だった。

「新婚旅行でセックスしている写真を(陽子さんが)平気で撮らせているのが仰天した。普通考えられないというか、私自身はまったく考えられなかったので。でも陽子さんはアラーキーのために脱いだわけじゃない、自分のために脱いでる。普通、写真家とモデルって写真家が上の立場になるけど、あのふたりは対等なんだよ。陽子さんの主体性みたいなモノがわかって、すごいなと思ったの」

 アラーキーは妻の陽子さんが主体性をもって挑んだからこそ、天才になれたのではないか。すべての女性が妻同様に主体性をもって脱いでいると思い込んでいなかったか。いや、俺のために脱いでくれる、と思い込み、誰もそこを否定しなかった、できなかったのではないか。権威を崇拝、あるいは利用する人々は、数の暴力と化すのだ。

 女性が主体性をもったモデルとなれるかどうか。そこがカギだ。モデルになりたい女性は、自分が主体性をもっていられるかどうか。不本意なことをやらされていないかどうか。イヤだなぁ、恥ずかしいなぁ、気持ち悪いなぁ、と思ったことを口にできるかどうか。

 もし、それがかなわない現場や相手だとしたら、あなたが得るものは何もないと思ったほうがいい。KaoRiさんの「何も残らなかった」というコメントは、後世に語り継ぎたい言葉である。


吉田潮(よしだ・うしお)◎コラムニスト 1972年生まれ、千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。テレビ『新・フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターも務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に(生活文化出版)、(講談社)ほか多数。新刊に登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。公式サイト『吉田潮.com』