栄治さんと前妻との間に子どもはいなかったが、栄治さんが48歳、たき子さんが40歳のときに一粒種の男の子(長男)が誕生した。

「遅くできた子どもなので、目に入れても痛くないといった感じで、本当に可愛がっておられた。特に奥さんは“今日は○○に連れて行ったのよ”とよくおっしゃっていました。でも、息子さんは両親の年齢を気にして“授業参観日はカッコ悪いから来るな”などと言っていたみたいですけどね」(前出の70代主婦)

 長男が中学校を卒業したころから、親子関係に変化があったようだ。前出の70代男性が振り返る。

「全寮制の私立高校に入ったんでしょうか。高校時代は見かけた記憶がないんです。そのころから家には戻らなくなって、それ以来、盆や正月でも見たことはないですね」

慎ましやかな生活

 最近、佐野さん夫妻はほとんど近所付き合いをしなくなっていた。町内会にも、商店会にも入っていない。しかし、

「30年ほど前はどちらも入っていました。商店会では世話になった人も結構います。佐野さん宅がある一帯は戦前、陸軍兵舎の馬房が並んでいて戦後はその跡地に“カマボコ団地”と呼ばれる長屋がずっとあってね。そこの町内会で祭りや行事の世話人をやっていました。

 もちろん、お金にはならないボランティアでね。年を重ねるにつれ、商店会や町内会、近所付き合いもなくなってきたということでしょうね」(前出の商店会店主)

 近隣住民らによると、かつて佐野さん宅周辺はほぼ国有地で借地料を払って住んでいた。ところが、1970(昭和45)年ごろ、格安で払い下げられたため、ほとんどのご近所宅は土地を購入。しかし、佐野さんは購入しなかった。また、築60年以上と思われる自宅家屋も未登記のまま。増改築など手をかけた痕跡さえ見あたらない。

栄治さんは自宅から約200メートルの図書館に足しげく通い、2~3冊まとめて借りていた

「駄菓子店はそれほど儲かる商売じゃないですからね。頑固なところもあったし、金儲けに興味はないし、余計な金は払いたくない性分でもあったからねぇ。ただ、酒やタバコ、ギャンブルは一切しないし、趣味といえるのは図書館を利用した読書ぐらい。

 これほど地味な人がいるのかというくらい慎ましやかな生活をされていた。たぶん、最もお金を注ぎ込んだのが、息子さんだったんじゃないでしょうか」(先の商店会店主)

 その長男の所在については事件発覚当初、警察もなかなか連絡先をつかめなかったようだが、10日の午前中、ひっそりと自宅前にたたずむ姿を近所の住民が目撃している。

 世の中にたったひとりしかいない父と母の悲愴な最期と、最愛の息子はどう向き合ったのだろうか─。


山嵜信明(やまさき・のぶあき)◎フリーライター 1959年、佐賀県生まれ。大学卒業後、業界新聞社、編集プロダクションなどを経て、'94年からフリーライター。事件・事故取材を中心にスポーツ、芸能、動物などさまざまな分野で執筆している