昨年の12月25日、奈央さんは国家試験の中でも最難関といわれる税理士試験に合格し、この春には初の就職先も決まった。かつての彼女を思えば奇跡としか言いようがない回復の道のり。その最初の一歩に親子の断絶があった。

父親は「奈央が帰ってきたら私が殺すかも」

 何の因果か、彼女が父親から「絶対に帰ってくるな」という絶縁の言葉を突きつけられたのも、ちょうど9年前の’08年12月25日。

 その前に「奈央が帰ってきたら私が殺すかもしれない。治らないまま死んでも文句は言いません。最後まで置いてやってください」と施設に話していたことも聞いていた。

 当時、29歳。以来、現在で丸10年となる、摂食障害からの回復施設『なのはなファミリー』に奈央さんを訪ねた。

奈央さんが暮らす『なのはなファミリー』 撮影/中嶌英雄

 岡山県勝田郡勝央町。緑豊かな山々と、のどかな田園風景に囲まれた小高い丘の上に、その施設はあった。

 廃校となった小学校を譲り受けたという木造の建物は、素朴な愛らしい趣がある。案内されたのは、かつては保健室だった場所を畳敷きにした応接室だった。

 対面した奈央さんは、メガネの奥の利発そうな瞳でしっかりとこちらを見据えて話し始めた。“現代の病”ともいうべき摂食障害。その始まりは、思春期の女の子にはよくあるダイエットだった。

「第1志望の東京都立青山高校に合格したとき、このチャンスこそが人生の転機になる、と思いました。ピアスをあけて制服のおしゃれを楽しみ、アルバイトや部活もして、放課後は青山や渋谷を歩いて……。そのためには絶対にやせないと変われないと思いました

 当時、身長154センチメートルで体重43~44キロ。油ものを控えてお菓子をやめると、一気に体重が減り、制服の採寸のときに細くなっているのを実感した。

「このままやせれば本当に人生が一変するかもしれない」

 ダイエットはさらに加速し入学後、初めての体重測定では20キロ台まで落ちていた。