12歳のときにパリの凱旋門で。家族で海外旅行にも出かけていた

青山高校で素敵な高校生活を送ること。それは母が憧れ続けていた夢の投影そのものだった。しかし、奈央さんの心は軋みはじめる。

 長い間、抱えてきた「違和感」はやがて耐えがたい異物となって膨満し、いつ爆発してもおかしくない状態だった。

 ダイエットの名を借りた拒食がその地獄の導火線となった。ある日、拒食は突然に終わる。それは高校1年の6月だった。

下剤100錠を一気に飲み干して

「学年の研修旅行のために旅行カバンを持って、いつものように家を出ると、乗り換えの駅で突然、電池が切れたように“疲れた。もう学校に行きたくない”と思いました。駅の公衆電話で親に帰ると告げ、狛江駅で降りると、ふらっとコンビニに寄りました」

 目に入ったドーナツが無性に食べたくなり、歩きながらむさぼるように食べた。自ら一切禁じていた油分と糖分を命のギリギリのところで、身体が猛烈に欲したのだ。

「それは過食と下剤乱用のスタートでもありました。食べたい、でも絶対に太りたくない。100錠入りの下剤を一気に飲み干し、つねにお腹を下している状態でなければ不安だったんです」

 朝、学校に行く前に菓子パンを5~6個買い、駅のトイレで食べる。スナック菓子を大量に買っては、自分の部屋で隠れて食べた。

「親の前では食べる姿を見せませんでした。食欲があるというのは、自分にとっては性欲を見せるような、人に見られてはいけない恥ずかしい醜いものと思っていました」

 そんな隠れて食べる自分を「汚い人間」だと卑下し、過食の罪悪感と比例するように下剤の量も増し、精神はどんどん追い込まれていく。

 学校でも周囲と人間関係を結べず、不登校から中退へと転がり落ちてしまう。そんなときでも、彼女は親のことを考えていた。

「中退したことで親を深く悲しませてしまった。なんとか、親が描く幸せな人生に復帰しなくてはと思いました」

 親にはいつも「好きな道に進みなさい」と言われてきた。けれど、その一方で成績が上がれば喜び、いい学校に入れば安心する、そんな表情も見逃さなかった。

 成績、学歴、運動能力、容姿……。つねに競争を強いられる中で親の期待に応え、将来の道も探さなければならない。その無言の圧力。

「さぁ進め、さぁ進めと押されるけれど、私は断崖絶壁に立っているようでした」

(次号へ続く)

〈取材・文/相川由美〉