ついに2019年4月末で平成の時代が終わる。平成の世を彩り、輝きを放ったスターはそのとき何を思い、感じていたのか? 当時と今、そしてこれからについてインタビューで迫っていくこの連載。第1回目は元モーニング娘。の後藤真希さんです。

Vol.1 後藤真希

後藤真希 撮影/伊藤和幸

 平成11年(1999年)の日本は、後に“失われた10年”と呼ばれる平成不況下にあって、池袋通り魔殺人事件や桶川ストーカー殺人事件、東海村の臨界事故など、まさに世紀末な事件や事故が相次いでいた。

 そんな中でもガングロ・ファッションでキメたギャルたちが渋谷をたくましく闊歩(かっぽ)してメディアをにぎわし、日本中を女の子たちが厚底ブーツで颯爽(さっそう)と歩いていた。

 あの時代、一番元気だったのは間違いなくギャルたちだ。彼女たちが日本を明るく元気づけていた。

すっごい恥ずかしかった『LOVEマシーン』

 それを象徴する大ヒット曲こそがモーニング娘。の『LOVEマシーン』。平成11年9月に発売され、オリコン・チャート1位に輝き、累計160万枚以上を売り上げた。幼稚園に通う子どもからじいちゃん、ばあちゃん、日本中が「Wow Wow Wow Wow」と口ずさんだ国民的大ヒット曲だ。

 そのときのモーニング娘。のセンターは、言わずと知れた後藤真希。当時13歳の中学2年生。リリース1か月前の8月にモーニング娘。の第2回オーディションに合格し、3期メンバーとなってすぐ。その曲は言わば、彼女にとってはデビュー曲にあたる。

“日本の未来は……”なんて歌う曲、今もあんまりないですよね? でも、深く考えもしないで歌っていました

 世相を見事に捉え、明るく励ました時代を代表するあのヒット曲も、13歳の彼女には「それまでのモーニング娘。の曲はもっと色っぽくて大人っぽいものがほとんどだったのに、あんなこととか、こんなこととか、すっごい恥ずかしかった」と赤面するような思いがした。

 あんなことやこんなことは、みんなが真似したあの振付け。「私はもっとカッコいいグループに入ったつもりだったんです」と言いながらも、大ヒットは「衝撃的でした、自分の中でも」なんだとか。