『野火』という映画は戦争というものが、こんなに悲惨で、とてつもなく恐ろしいものであること、そんな当たり前のことを改めて実感させてくれる。

 大岡昇平の戦争文学『野火』を塚本晋也が監督・主演で映画化、7月25日(土)から公開する。

 第二次世界大戦末期のフィリピン、レイテ島を舞台に描かれている。

 結核のため部隊を追い出され、ジャングルを彷徨う兵士・田村の目にうつる戦地と極限状態におかれた人間を描いている。

 わずかばかりの芋を争い食らう。芋は茹でることも許されず、生でむさぼりつく。腹は満たされることなどなく、いつも飢えている。

 指ほどの大きさの芋を欲しさに仲間を裏切る。痛めつける。殴りあう。芋のために殺しあう。

 そんな芋の場面を見て、思い出したことがあった。ボクの父は芋が大嫌いだったこと。父は終戦の時、旧・満州にいた。その後、シベリアに抑留された。

 父はその当時のことを話したがらなかった。けれど、母によれば「夜、うなされていることがある。何十年もたった今でも。きっとシベリアの夢をみているのかもしれない」というのだ。

 そして、父は「シベリアでの食料はお芋だった。しかも、いつもいつも、飢えていた、いっそ狂ってしまいたかった。だからもう一生お芋は食べたくない」と話していたという。

 母から聞いたわずかな戦争の話は、この映画を観て父の現地でのあまりに辛いできごとを見たような気がした。

 田村が父に見える。そして、映画から目をそむけたくなる。

 日本の戦争体験者のほとんどが90歳を越えている。

 実体験を伝える人が少なくなっていくにつれ、日本人の脳裏から薄れていく戦争の怖さ。『野火』はこれでもかこれでもかというほど、心理的に恐怖が迫ってくる。

 敵も戦闘シーンもない。けれど、戦争の恐怖が迫ってくるのだ。

 芋を食っているうちはまだいい。

 ジャングルを彷徨い、「猿の肉」が本当は人肉だと知っていても喰らいつかねばならない仲間のことや、罪のない現地の人を射殺してしまう自分。人肉だと知っていても食べなければ死んでしまうであろうに最後まで食べずにいる田村。その極限での恐怖は、いつの間にか自分が体験しているかのように迫ってくる。

 こんな目に息子が、夫が、親があってもいいのか?

 この映画で戦争の恐怖を体験して、戦争について考えてほしい。

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『野火』は7月25日(土)より、渋谷・ユーロスペース、立川シネマシティほか全国順次公開。原作:大岡昇平『野火』 出演:塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、森優作ほか 監督・脚本・編集・撮影・製作:塚本晋也 配給:海獣シアター 第71回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門選出作品 第15回東京フィルメックス・オープニング作品 第5回スイス・ビルトラウシュ映画祭グランプリ受賞 詳細は映画『野火 Fires on the Plain』公式サイト

(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

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7月25日から31日まで「動く塚本図鑑 『野火』公開記念塚本晋也レトロスペクティブ」が渋谷・ユーロスペースでレイトショー開催。

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7月29日には神足氏主演の『六月の蛇』(ヴェネチア映画祭2002年コントロコレンテ部門審査員特別大賞受賞)がフィルム上映される。また、『六月の蛇』は8月1日から14日まで大分・別府ブルーバード劇場でも上映。DVD『六月の蛇』はハピネット・ピクチャーズより発売中。4700円(税抜)。

(C)2002 KAIJYU THEATER・TSUKAMOTO SHINYA

〈プロフィール〉

神足裕司(こうたり・ゆうじ) ●1957年8月10日、広島県広島市生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。学生時代からライター活動を始め、1984年、渡辺和博との共著『金魂巻(キンコンカン)』がベストセラーに。コラムニストとして『恨ミシュラン』(週刊朝日)や『これは事件だ!』(週刊SPA!)などの人気連載を抱えながらテレビ、ラジオ、CM、映画など幅広い分野で活躍。2011年9月、重度くも膜下出血に倒れ、奇跡的に一命をとりとめる。現在、リハビリを続けながら執筆活動を再開。復帰後の著書に『一度、死んでみましたが』(集英社)、『父と息子の大闘病日記』(息子・祐太郎さんとの共著/扶桑社)、『生きていく食事 神足裕司は甘いで目覚めた』(妻・明子さんとの共著/主婦の友社)がある。Twitterアカウントは@kohtari